好きなことを終わらせないために【コラム】

思考・考察

「もう少し時間があれば」と思いながら、もう何年経っただろう。

仕事が終わって帰宅する。疲れた体でパソコンを開く。描きかけのイラストが、書きかけの小説が、途中のコードが画面に残っている。でも今日も、手が動かない。「明日やろう」とファイルを閉じる。明日も同じことが起きる。

これは意志が弱いのではない。構造的な問題だ。


「続けられない」には、ちゃんと理由がある

好きなことが続かない理由として、よく「モチベーションが続かない」「才能がないから」と自分を責める人がいる。でも実際に話を聞くと、ほとんどの場合、問題はもっと手前にある。

時間がない

社会人の平均的な可処分時間は、1日2〜3時間と言われている。通勤、食事、風呂、睡眠を引くと、それだけしか残らない。そこに人間関係の維持、家事、突発的な残業が入ってくる。2時間が1時間になり、気づけばゼロになる。

お金がない、あるいは不安だ

絵を続けるにも、音楽をやるにも、ゲームを作るにも、機材やソフト、場合によっては学習コストがかかる。収入が不安定なまま夢に突っ込むと、制作どころか生活の心配で頭がいっぱいになる。逆に安定を取りすぎると、今度は時間と体力が消えていく。どちらに転んでも、何かが削られる。

モチベーションが波打つ

「やる気がない日」を責める声をよく聞くが、そもそも人間のやる気は一定ではない。しかも疲弊した状態でクリエイティブな作業をしようとしても、思うように動かない。そのギャップに傷ついて、また自己嫌悪に入る。悪循環だ。

これだけのことが重なっているのに、「続けられない自分がダメだ」と結論づけるのは、あまりにも話が飛びすぎている。


「全力か、ゼロか」という罠

多くの人が知らず知らずのうちに、この罠にはまっている。

「本気でやるなら仕事を辞めるべきだ」「中途半端にやっても意味がない」「週に1回しか描けないなら、やってないのと同じだ」

こういう言葉を、自分自身に向けていないだろうか。

あるいは逆に「安定した生活を手放したくない」「副業程度でいい」と言い聞かせながら、どこかで「それで本当にいいのか」とくすぶっている人もいる。

どちらも、苦しい。

でもこの二項対立自体が、最初から間違っているとしたら?


比重、という考え方

繰り返し使うことになるキーワードがある。それは「比重」だ。

0か100かではなく、今の自分の生活の中で、好きなことにどれだけの比重を置けるか。それを意識的にコントロールしていくことが、長く続けるための核心だと私は考えている。

比重は、時間だけじゃない。お金の使い方、思考のリソース、休日の過ごし方、人間関係の組み方、生活のあらゆる場所に、比重は存在する。

そして比重は、固定じゃなくていい。

仕事が忙しい時期は比重を下げ、余裕ができたら上げる。人生のフェーズに合わせて、比重を動かしていく。それを「諦め」とは呼ばない。むしろそれが、10年・20年続けていくための現実的な戦略だ。


続けることそのものが、もうすでに何かだ

最後に、ひとつだけ言わせてほしい。

「続けている」というのは、思っているより価値がある。

華々しい結果が出なくても、SNSのフォロワーが増えなくても、収益が立たなくても——好きなことを、生活の中に手放さずに持ち続けることができている人は、実はそう多くない。途中でやめていった人を、あなたもたくさん見てきたはずだ。

続けることは、勝負の土俵に立ち続けることだ。やめた人には、もうチャンスは来ない。

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